僕がリオ先輩と出会ったのは、今から十一年前のこと。
あの日、公園で倒れている先輩を見つけた。
「大丈夫ですか!?」
遠くからでも分かるほど、体は傷だらけで、顔にはあざがあった。
「しっかりしてください! 聞こえますか!?」
必死に声をかけても返事はなく、焦りだけが胸にこみ上げてくる。
──このままじゃ……!
何か、僕にできることはないか──
そんな思いで胸がいっぱいになったとき、自然と口をついて出たのは歌だった。
僕はレディアール大聖堂の聖歌隊に所属していて、歌うのが大好きだ。
特別な取り柄はないけれど、歌うとみんなが笑顔になってくれる。
それが嬉しくて、僕はずっと歌ってきた。
でも、この日は違った。
どれだけ心を込めても、彼は目を覚まさなかった。
意識のない相手に届くはずもなかったけれど、それでも僕はショックだった。
「歌で人を救える」と信じていたから。
「大丈夫かい!?」
突然、後ろから声がした。
「お願いします! 助けてください! 僕も今来たばかりで、何があったのかは分からないのですが──」
「わかった!」
その男性はすぐに電話をかけ、まもなく人が集まった。
そして彼──リオ先輩は、その人と一緒にどこかへ運ばれていった。
僕は、その男性の秘書と思われる人に家まで送ってもらった。
あれから、彼がどうなったのかはわからなかった。
だから僕は今も歌い続けている。
今度こそ、誰かの力になれるように。
──あの日から、十一年。
学園で、僕はひとりの男性に目を奪われた。
間違えるはずがない。
あのとき、歌が届かなかった……あの人だ。
「は、初めまして! カノンと申します!」
気づけば、身体が勝手に動いていた。
突然声をかけてしまい、リオ先輩は少し驚いていたが、すぐに優しく微笑んでくれた。
「初めまして、リオです。よろしくお願いします。どうしたんですか?」
「以前、十一年前にお会いしたことがありますよね……?」
本人か確かめたくて、聞いてみた。
「十一年前……? すみません、覚えていないですね」
やっぱり覚えていないみたいだ。
あの日のことが辛い記憶だったのか、それとも……人違いなのかもしれない。
でも、もし本当にあの時の人だったら──
今度こそ、笑顔にできるように。
「あなた、カノンくんですよね?」
「えっ!? どうして僕の名前を……?」
「オジさまが話していたんです。この学校に、レディアール大聖堂の聖歌隊に所属していた子がいるって。それで、もしかしてあなたかなって」
オジさま……あのとき助けてくれた男性だ。
やっぱり、リオ先輩はあの時の……!
僕のことは覚えていないかもしれない。
けど、こうしてまた出会えたことが、何より嬉しい。
「うっ……うっ……」
ぽろぽろと涙がこぼれてしまった。
「ど、どうしたんですか!? カノンくん……?」
「すみません……ずっと、先輩のことを探していて……ようやく会えたのが嬉しくて……」
「探していた……? わあっ、ちょっと待って! 泣かないでください!」
嬉しくて、嬉しくて、気づけば先輩に飛びついていた。
──やっと、見つけた。
「なんだかよく分かりませんが、せっかくの綺麗なお顔が台無しですよ。もっとたくさん笑ってください。ね?」
「先輩……!! リオせんぱーーい!!
僕、一生ついていきます!!」
──これが、僕とリオ先輩の出会い。
十一年前のことを、先輩は覚えていないかもしれない。
もしかすると、本当に人違いかもしれない。
それでも僕は、この人のそばにいて、ずっと笑っていてほしいと思った。